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モモモログ

漫画/雑貨/イラストが好き。ゆるーくブログ書いています。

私が容姿コンプだったときの話。都会でも堂々と前を向いて歩ける女性になりたい

美容 雑記

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こんにちは、もちみです。

 

普段引き篭もり気味な私ですが、いい天気だったので今日は街に繰り出してきました。

都会って本当に綺麗な人が多いよね。みんな細いし、オシャレで垢抜けてる。

そんな綺麗な人たちの中を一人で歩いていると、どうしても居心地の悪さを感じてしまうんですよね...キラキラした空間に慣れない...

 

都会でも胸をはって堂々と歩ける女性になりたいなーって改めて思った。

今回は、容姿と自信についての自分語りです。

これから、ちょっとずつブログに自分のことを書いていきたいと思ってます。

こじらせてる感あるけど、あまり暗くならないように...(´-ω-`)

小さいころから容姿コンプレックスがあった

18歳くらいまで容姿コンプレックスに悩んでいました。

 

小さいころから自分の容姿が嫌いで、写真を撮られることも、友達と鏡の前で並ぶのも避けてた。昔の写真を見返すと、どれも仏頂面のものばかり(笑)

 

高校時代は特に酷くて、一時期はマスクしないと外出できないくらいでした。

醜形恐怖症っていうと大袈裟ですが、当時はかなり容姿に病んでた。過食症になったり、鏡を見ながら泣いたり、一生この見た目でいる人生に絶望したり。

 

辛さから抜け出すために、容姿コンプになる原因と理由を徹底的に考えてみた

一生付き合っていく自分の姿を受け入れられないって、かなり辛いです。

本気でどうにかしたいって思ったときに、容姿コンプになってしまった原因と、自分が容姿コンプであり続ける理由について一度徹底的に考えてみました。

容姿へのコンプレックスは多かれ少なかれ誰でもありますよね。でも、以前の私のようにひどい容姿コンプになるのは、見た目の良し悪しではなく心理的なものだと思うんです。

家族の、容姿に関する何気ない言葉

こういうトラウマ的なものって子供時代が原因であることが多いんじゃないでしょうか。

私は、子供の頃に家族から度々容姿に対して言われていたことが、ずっと心につっかかっていたことに気づきました。当時は容姿について言われて、なんとなくモヤっとしただけで何も言い返せなかったけど、子供ながらに傷ついていたんだなあって思います。(家族は悪気があったわけではなく、ネタ的に言ってた)

 

「過去にああ言われたから、私はかわいそうだ。過去は変えられないし、どうしようもない」ではなく、「この辛さはあれが原因なんだな」と冷静に自分を見ることができるとちょっと楽になった。

綺麗になりたいから容姿コンプであり続ける?

アドラー心理学では、「どんなに嫌なことでも、何らかの目的を達成するために、自らその行為を選択している」とトラウマを否定しています。

もし私が「自ら選んで容姿コンプになっている」のだったら、何を目的としているんだろう?と、よくよく考えてみると、「ただ単に綺麗になりたかっただけやねん('Д')」ということ気づいた。

 

今の自分の姿にOKを出さないことで、今よりもっと綺麗になる努力をさせようと、自分に鞭うっていたんです。まあたいした努力はしなかったが...

今の自分を認めることは大切

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今は考え方を変えて「現状の自分を認めつつ、容姿力上げるために色々やってみたい」と思ってる。極端なマイナス思考だと、良い方向にはいかないなと感じたので。

 

とはいえ、都会のオシャレ空間がやはり苦手である...。これらの感情は、自信のなさからくるんだろう。でもそのうち都会でも堂々と前を向いて歩けるような女性になりたい。

 

まとめ

 以上、容姿についての悩んでたころの話でしたっ。

ネガティブになりすぎないで、できるだけ前向きに人間力も容姿力も上げていきたい。がんばらないで、ゆるーく、テキトーに。